2025年8月31日のメッセージ 聖霊降臨節第13主日礼拝
「 種をまく人 」 マタイによる福音書 10章16章~25節
1.「『種を蒔く人が種まきに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、・ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、・ほかの種は茨の間に落ち・ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍にもなった。』」
イスラエルの土地は、乾燥地帯にあり、秋の雨の前に麦の種まきが始まり、春の雨の後に収穫の時を迎えます。農夫は畑の石ころを端に取り除けて、麦の種を畑に向かって大きくまき散らします。それから牛に鋤を引かせて畑の土をかき混ぜて、柔らかく良い地とします。ところが、ある種はあぜ道に落ちたり、石を集めた所に落ちたり、耕しきれなかった草地に落ちました。道に落ちた種は直ぐに鳥が来て食べてしまい、石地の種は根を張れず太陽に焼かれてしまい、草地の種は茨やアザミに覆われて枯れてしまいました。そして、良い土地に落ちた種は豊かに実を結び30倍、60倍、100倍の収穫をもたらしたのです。
イエスは舟に乗り腰を下ろして、岸辺に立つ大勢の群衆にこの譬えを話されました。群衆は心が鈍いために、御国の御言葉を聞いても悟れず、悔い改めることがなく、罪が赦されず病は癒されずに帰って行きました。
2.「『だれでも、御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。・・良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍の実を結ぶのである。』」
弟子たちは御言葉に聞き従うので、天の国の真理を悟ることができます(本当は、まだまだですが)。けれど、御言葉を聞いても悟ろうとしないなら、サタンが御言葉を奪ってしまうので、何も残りません。また、御言葉を聞いて喜んでも忍耐して守らないならば、困難や痛みに出会うと直ぐになえて、信仰を失ってしまいます。また、神の国(命と光)とこの世(欲と富)を同居させたままにしているなら、せっかく育ち始めた霊の実は成長できないで終わってしまいます。
これは、十字架の福音に聞き従う弟子であっても、御言葉の種が実を結ぶ従順な光の子なのかそうでないのか試されているのです。柔らかな良い土地であるならば、御言葉の種は雨も風も陽光にも耐えて成長し、30倍、60倍、100倍の豊かな実りを結ぶように、父なる神が守ってくだいます。
(2025.8.31 田中寛也牧師)

