2026年1月18日のメッセージ  降誕節第4主日礼拝

「 最初の弟子たち 」 マルコによる福音書 1章16節~20節

バプテスマのヨハネは領主ヘロデに捕らえられ、この後に処刑されます。救い主を語ったヨハネと救い主であるイエスの運命は重なっています。イエスは十字架への道を見据えながら、福音宣教と共に弟子づくりを始めます。十字架の血潮によって神の福音(人類の救い)は完成しますが、彼らによって福音は全世界全世代へと広がっていく必要があります。

そこで、イエスはガリラヤ湖のほとりを歩きながら、漁師のシモンとアンデレの姿をご覧になり、よく観察し品定めをされました。

そして、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と招かれたのでした。福音は弟子たちや教会を通して、全ての人を主のもとに招きます。

イエスは投げ網をするペトロとアンデレの何をご覧になったのでしょうか。特別な才能が有るとは思えません。

しかし、彼らはバプテスマのヨハネに師事し、悔い改めの道を歩んでいました、そしてイエスを「見よ、神の子羊」と紹介されていたのです、ヨハネ2:35-42。イエスは私たちのことを知っています。そしてどう教会を愛し人に仕えているのか、よく観察されるのです。

イエスは彼らに「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われ、神の国のために神の子たちを招き、教え育て、派遣する使命を果たさせるために招いたのです。そこで二人はすぐに網を捨てて従ったのでした。後先のこと、家族のこと、生活のことなど思い煩いは尽きません。けれど、イエスと共に歩く弟子の道は、御声を聞いたなら、今・ここで、直ぐに従う生き方でしょう。ヤコブとヨハネの兄弟も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に船に残して、イエスの後について行ったのでした。

 

(2026.1.18 田中寛也牧師)