2026年4月26日のメッセージ 復活節第4主日礼拝
「 互いに愛し合いなさい 」 ヨハネによる福音書 13章31節~35節
弟子ユダの裏切りにより、十字架の苦しみは現実へと動き始めます。十字架は屈辱と渇きに恥をさらす刑罰ですが、神が人の子を十字架に遣わした御計画が成し遂げられるのです。人の子が血潮を流して救いの御業は完成します。イエスは救いの門となり、栄光を受けたのです。こうして人の子によって神は栄光を受けられ、神は人の子に栄光を与えられるのです。
イエスは世を去る時が迫っているのを意識され、「子たちよ」と呼び掛けます。彼らが孤児となって墓に捜しに来るのを知っておられます。それで、残される彼らが終わりまで主に従う者であり続けるために、「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と新しい戒めを与えられました。主の御前に忠実であることの評価は、主が弟子たちに示された忍耐強く、行き届いた、倦むことのない仕方で、弟子たちが兄弟姉妹に仕え愛することに比例するからです。けれども、弟子たちは主を裏切って逃げ去り、その一人は三度もその人を知らないと嘘をつくのです。内なる人の十字架を経験しないで、献身を貫くことはできません。
主の教会のしるしは、主日の礼拝や聖礼典、賜物や奇跡によってではなく、最も貧しい兄弟姉妹に届けられる愛によって計られるのです。主が弟子たちを愛されたように、互いが愛し合い仕え合い群れを守る一致が強くされることで、キリストの弟子であることが証言されるのです。私たちも「子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。1ヨハネ3:18」と踏み出しましょう
(2026.4.26 田中直子牧師)

