2026年5月3日のメッセージ  復活節第5主日礼拝

 イエスはぶどうの木 」 ヨハネによる福音書 15章1節~10節

農夫である父は信仰者が霊の実を豊かにつけることを期待されます。そこで、枝である私たち(こぶ)にいくつもの芽が出ていることを見られて、期待した新芽のひとつだけを残して、他の芽は取り除きます。肉欲はあの事もこの事もしたいと芽を出しています。キリストの喜びとなり、父に捧げられる幸いな霊の人となる設計図に従って、まず初めに、霊の実の成長を妨げる障害物を取り除かれます。肉の楽しみや世の誉れを求める古き人が十字架につけられて取り除かれることは、霊の人となるはじめの一歩です。ここがきっちり取り扱われると、聖化の恵みにどんどんと成長していきます。なぜなら、太陽の暑さも風の抵抗も水分の渇きも成長の糧にして、キリストの幹から霊の命をたっぷり吸い上げると、霊の実を豊かに結んでいくのです。

「つながっているなら・・実を結ぶ」と8回も繰り返されて、悟りなさいと命じられます。具体的には、「御言葉に留まる(離れない)」。何があってもイエスのことを優先することでしょう。

先週、日本福音教会連合の春の聖会があり、講師として2回の説教を担当しました。(報告は参加された姉妹たちにお願いしますが)最後に、幹事の先生から「信仰は楽しいって教えられた。AIで調べたら、楽しいとは一つのことに集中している状態、しかも今を喜んでいるとのこと」とまとめられました。イエスの喜ぶことを喜んでする、このことが豊かな実りとなるのです。

また、注がれる霊の命を先細りさせてはなりません。血栓があり血流が悪くなれば、様々な病気を発症してしまいます。定期的に血液検査や尿検査を受けて、治療が施されるように、内なるいのちの点検が必要です。「わたしが父の戒めを守り、その愛に留まっているように、あなたがたも、わたしの戒めを守るなら、わたしの愛の内に留まっていることになる。10」御言葉に留まることが健全な弟子であることの証しです。

「あなたがたに新しい戒めを与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るであろう。13:33-34」聖徒である最大の証しは、私たちが愛する人であることです。私たちが互いに愛し合うことでキリストの弟子であることを、皆が知ることになるのです。

(2026.5.3 田中寛也牧師)