2026年5月10日のメッセージ  復活節第6主日・母の日礼拝

 悲しみが喜びに変わる 」 ヨハネによる福音書 16章4節b~24節

最後の晩餐での告別説教は16章でクライマックスを迎えます。

イエス亡き後の弟子たちには、ユダヤ教会からの迫害が襲い掛かり、信徒たちはエルサレムから追放されます。四面楚歌の状況で、新しく生まれたキリスト教会はどのように自らの信仰と仲間を守り、かつ宣教に打って出るのでしょうか。言うまでもなく、弟子たちは目の前の先生を失って、闇の勢力に立ち向かう勇気も消え失せてしまい、彼らは家の戸を閉じて、震えていたのです。

イエスは悲しむ弟子たちに、予期しておくべき試練がやって来た時に、倒れないでいるための守りを約束されます。真理の霊である聖霊が弁護者として送られるからです。彼らは法廷に引き出され十字架のキリストを証言することになります。それは、ユダヤ人と異邦人にイエスを拒んだ罪について認めさせ、十字架の血潮による義(救い)を認めさせ、罪と死の裁きの確かさを認めさせるのです。

主イエスは十字架の死に渡され、三日目に復活されます。しばらくして、彼らは復活の主を見て、喜びに溢れます。それから主は御国へ昇られ御座に就かれます。そして、ペンテコステまでのしばらくは、助け主である聖霊を待ち望む時となったのです。聖霊降臨によって、目で見る喜びに勝る、霊の交わりに満たされたのです。「誰が、キリストの死から私たちを引き離すことが出来ましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。剣か。・・私たちの主イエス・キリストによって示された神の愛から、私たちを引き離すことはできないのです。ローマ8:35-39」

現在の教会は「しばらく」世の闇が支配する間、試練の中で地に残りながらも、取り去られることない喜びに満ちています。それは主の御名によって祈ることで、愛の業を行う力、救いの希望を見出だすことが出来るからです。

キリストが再臨される日、信仰者はキリストの顔と自分の顔を合わせるように見つめつつ、栄光の身体へと変えられ、御国へと引き上げられ、いつまでも主と共にいることになるのです、Ⅰテサロニケ4:17。

(2026.5.10 田中直子牧師)