2026年5月17日のメッセージ 復活節第7主日礼拝
「 悲大祭司の祈り 」 ヨハネによる福音書 17章1節~9節
17章の大祭司の祈りは主が天にて私たちのために常になされる執り成しの祈りです。私たちにとって祈りの手本です。
1-5.十字架で主イエスは父が与えた業を成し遂げられ、罪を贖う御業を完成され、御自分の民に完全な義をもたらされます。それゆえ、天地が創造される前に父と共に持っていた栄光(王の王、主の主の座)を受けさせてくださいと祈られたのです。私たちの希望は栄光のキリストの祈りに支えられ、讃美と勝利へ導かれる祈りを捧げましょう。
6-8「彼らは御言葉を守りました。・・御言葉を彼らは受け入れ、・・わたしがみもとから遣わされたことを信じました」ところが、彼らの信仰は何と弱く、知識は何と乏しく、霊的に浅はかでした。危機に臨んで心はおびえ、主を見捨てて逃げ去ったのです。であるのに主は彼らをほめたたえてくださいます。信仰をもっているなら、それが弱く小さくても、大きい信仰で包んで下さいます。ペトロと共に「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたは御存じです。21:17」と悔いた砕かれた心で応えましょう。拒むことがあっても、彼らが主を信じおり愛していることを見ていてくださるのです。彼らが主を信じたから、主は最後まで彼らに忍耐され、救いに預からせ、聖なる者(御自分の子)として守られたのです。
15イエスの願いは、弟子たちが悪い者から逃げることではなく、聖なる者として守られることです。そして真理によって神に捧げられた者となるためです。
(2026.5.17 田中寛也牧師)

