2025年8月24日のメッセージ  聖霊降臨節第12主日礼拝

「 苦難の共同体 」 マタイによる福音書 10章16章~25節

1.「『わたしはあなたがたを遣わす。それは、オオカミの群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。・・実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる父の霊である。』」

イエスの存命中、弟子たちの宣教は失われた神の民に留められます。異邦人への宣教は新たな仕方で使徒たちが遣わされるでしょう。神の御業(癒しと清め)と悔い改めの宣教は、オオカミの群れに羊を遣わすような苦難が襲います。それゆえ、彼らは蛇の(敵を見抜き危険を避ける)賢さ、鳩の(天の恵みに生きる)純真さが必要です。派遣された者たちには迫害と裁判が待ち受けますが、彼らは心配をしないでいいのです、聖霊が神の言葉を守るよう導かれるからです。

2.「『わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。・・弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。』」

弟子たちがすべての人から憎まれる理由はただ「キリストの御名」を担っているためです。彼らは暴力に無防備であっても、救いの喜びに満ち溢れて十字架と復活の証言者となります。そして、イエスと同じ道を歩む「使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜んだ、使徒5:41」のでした。

(2025.8.24 田中直子牧師)