2025年12月21日のメッセージ クリスマス主日礼拝
「 キリストの誕生 」 ルカによる福音書 2章1章~20章
1.「彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。」
御子イエスの降誕は旧約預言の成就でした。御言葉は必ず成るために、処女マリアに臨み、ダビデの町で誕生されました。布にくるまれ飼い葉桶に寝かされる子は、十字架の死に至るまで貫かれる僕の像でした。「お言葉通り、この身になりますように」と、私の忖度を脇に置いて、素直に真っ直ぐに御顔を仰ぎましょう。
2.「『今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。』」
救い主誕生の告知を受けたのは、野宿する羊飼いたちでした。彼らは住民登録(税収・兵役)に載らない、存在を記されない最下層(奴隷)にいました。誰にも覚えられない人々の間に、御子は産まれたのでした。
私たちは創り主を知らず御心が分からず、高慢で自分を神として、御前に的外れ(罪)な生き方をしています。そこで、神は御子を世に遣わし、十字架につけて罪を贖われました。
心の貧しい人が天使の歌声を聴き、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と飼い葉桶に眠るイエスもとに集います。
そして、羊飼いたちは救い主の誕生を人々に知らせました。町の人々が蔑み見下している者たちが救いの喜びに溢れている様を、彼らは不思議(訳の分からない)に思います。世の光(お金や富、権力や名誉)で満たされた人々は、天からの光であるイエスを認めることはできなかったのです。私たちの間に御子をお迎えする場所を作って行きましょう。
(2025.12.21 田中寛也牧師)

