2026年1月11日のメッセージ  降誕節第3主日礼拝

「 イエスの洗礼 」 マルコによる福音書 1章9節~11節

1.「神の子イエス・キリストの福音の初め。」

イエスはキリスト(油注がれた方・救い主)であり神の子(王の王)であることを知ることが福音の初めです。人となられたイエスの行為と言葉を通して、私たちが救い主の恵みに出会っていく物語が始まります。

2.「『わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。』」

イエスを公生涯(隠された神の子)へ引き出すのは、親戚のバプテスマのヨハネです。聖なる方と出会う道を真っすぐにするために、多くの者が罪の赦しへと導く悔い改めの洗礼をヨルダン川で受けていました。水の洗礼によって、救い主イエスの恵みに与る準備が整います。

3.「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて霊が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」

聖なる方が、なぜ悔い改めの洗礼をヨハネから受けられたのでしょう。それは人となられたキリストの謙遜だと思います。聖なる方が肉を纏われ(不自由)、義なる方が人の弱さ(罪の誘惑)を負われたのは、罪人を憐れみ愛するため、全人類の罪を背負うためでした。

キリストが授ける洗礼は、悔い改めのためではなく、完全な救いをもたらします。イエスの名による聖霊の洗礼は、天から聖霊が降り、神からの平和が留まり、永遠の命に至る水があふれます。そして、いつも「わたしの愛する子、わたしの心に適う(喜ぶ)」との御声を聞く神の子とします。

(2026.1.11 田中直子牧師)