2026年1月25日のメッセージ 降誕節第5主日礼拝
「 福音宣教の開始 」 マルコによる福音書 1章21節~28節
イエスは四人の弟子たちと迎えた最初の安息日に会堂に入られ、旧約聖書から教え始められました。会衆はビックリします。権威ある者として教えられたからです。律法学者は聖書の解釈や知識を教えますが、それは教訓や道徳にすぎません。ところが、イエスの教えは心を揺さぶる権威ある教えだったのです。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」救いの時は来た、悔い改めて、救い主に会う備えをせよと迫って来るのです。
霊の権威を伴った言葉に、汚れた霊(悪霊ども)に取りつかれた男が叫びます。「かまわないでくれ」我々は我々こっちの側、あなたはあなたあっちの側、係わらないでほしい、我々はひとたまりもなく滅んでしまうのだからと大声で訴えたのです。「正体は神の聖者だ」イエスは隠された神の子であって、十字架の死によって死を滅ぼして救いを完成し、復活によって永遠の命を約束される救い主です。悪霊どもはイエスのキリスト(救い主)が分かっている(熟知)ので、世の人々を闇の中に留めるよう罪深い(真の光から的外れた)生活に取りついているのです。
主イエスは「黙れ。この人から出て行け」と命じます。イエスの本当(隠れたメシア)は奇跡や癒しの業を見たからではなく、信仰告白「信じて義とされ、告白して救われる、ロマ10:9-10」によって分かる真理です。
その男がけいれんをして倒れ、悪霊どもが大声をあげて出ていくと、「権威ある新しい教えだ。悪霊どもはその言うことを聴く」と人々は論じ合います。彼らは好意をもってうわさを広めますが、弟子たちの外側に立ったままでした。
会堂を出られるとイエスは、シモンとアンデレの家に行きます。そこには、シモンの妻の母が熱病で寝ています。早速、イエスは手を取って起こされると、熱が去り、彼女はイエス一行をもてなして感謝したのです。弟子の道は現在の生活を捨てて、従うこと(出家)が求められます。振り向かず前を見据えて歩む弟子たちに、イエスは最初の礼拝の後で、彼らの実家に立ち寄り、恵みの御業で助けられ、弟子たちを慰めてくださいます。イエスは彼らが置いてきた家族にも配慮をもって係わってくださいます。やがてペトロの妻は福音伝道に帯同し、弟子たちの世話をして行きます、1コリント9:5。
(2026.1.25 田中直子牧師)

