2025年12月7日のメッセージ アドベント第2主日礼拝
「 マリアの賛歌 」 ルカによる福音書 1章39章~56章
1.「エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。『あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。・・主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、何と幸いでしょう。』」
天使ガブリエルが告げる聖霊による懐妊は信じられません。けれども、神に出来ないことは何一つないとの宣言に、マリアは神の主権に従います。そのことは祭司ザカリヤの妻エリサベトにも奇跡をもたらしました。老齢の彼女が懐妊し、胎内の子は6カ月になっているからです。こうしてマリアは御使いの宣言に、自らを委ねることが出来ました。
そして、エリサベトのもとを訪ね、二人は御言葉こそ生ける神の力であり命の源であることを賛美することが出来ました。
2.「『身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう。』」
マリアが自身を幸いと言えるのは、主が目を留めてくださったという体験です。主の眼差しは、私たちの側の何か(才能・タラント)に向けられた評価ではなく、主の呼びかけに素直に向き合う心の態度に注がれます。身分が低いとの謙虚さ、はしためとの素直さをもって主を賛美できることで、マリア自らも幸いな者と認めるのです。
(2025.12.7 田中直子牧師)

