2024年2月25日のメッセージ 受難節第2主日礼拝

「主よ、信じます」 ヨハネによる福音書 9章13節~41

1.「『ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えると言うことです。・・あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです。』」

霊的なテーマは悔い改めと信仰です。真実はただ一つ、生まれつきの盲人がイエスによって今は見えます。神の恵みが降った事実は、敵対者も否定できません。イエスが神の御子であると信じ、キリストの贖いの御業を通して、信じる者に神の義(救い)は与えられます。

2.「『あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。』・・『主よ、信じます。』」

霊なるキリスト(救い主)は肉なるイエスとして世に降られました。キリストは私たちの間にいますが、罪が目を閉ざします。罪の悔い改めにより信仰によって、霊の目が開かれて、イエスはキリストであると知ります、ロマ3:24。

3.「『今、あなたたちは見えると言っている。だから、あなたたちの罪は残る。』」

ある格言に、「今の私は、過去の私が創ったもの。未来の私は、今の私が創るもの」とあります。敵対者はイエスがキリストである真理が見えません。それで偽預言者(罪人の頭)と断罪し、遂にはイエスを処刑してしまいます。御言葉の真理に悔い改めるのか、それとも自分が描くイエス像を頑なに握るのか、今日の罪がいつまでも残ります。

(2024.2.25 田中寛也牧師)